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憂国会声明

     

< 憂国-内山 伸久 >

  一昔前でしたら陳腐で、ともすればアナクロニズムにも感じたこの言葉が妙にリアリティー

を持って聴こ えてくるようになったのはいつの頃からなのでしょうか?

  国内に眼をむければ日々飛び込んでくる以前では考えられない猟奇的な事件の数々。  

  叫ばれる教育現場の荒廃と人々のモラルの低下ですが「なぜ人を殺してはいけないの?

」というある若者の問いに明快な答えを出せないでいる識者たち。

  本来は選ばれた人たちであるはずの官僚の堕落と自己保身。

  そして日本全体を覆いつくす拝金主義のムード。

  格差社会といわれて久しい日本ですが六本木ヒルズなどで豪華な暮らしを謳歌する「ニュ

ーリッチ」とでも言うべき一握りの若者たちと「ワーキングプア」といった働いても、働いても、

低賃金のため一向に暮らしのよくならない人々や年々高齢化の進む就職氷河期時代に増

大した「フリーター」更には家庭環境、その他もろもろなどから誕生した「ニート」と呼ばれる人

たちとのおおきな、おおきな収入の隔たり。

  世間では「勝ち組」「負け組み」という言葉がもてはやされていますが、よく考えてみれば、

これほど無責任な言葉もないでしょう。

  敗者になるのが悪い。敗者になりたくなかったら努力しなさい。そんな言葉がきこえてきそ

うですが、今日も会社の途中で人身事故のアナウンスがありました。世界中の先進国の中

でこれほど中高年の自殺が多いい国もめずらしいとか。これが健全な国家といえるのでしょうか?

  外に眼をむければ周辺諸国の軍事的、経済的台等や領土問題、更には日々変わり行く世

界情勢に右往左往するわが国の政治家たちの姿が眼に浮かびます。戦後日本はGHQによ

って宗教はもちろんの事、今まで伝統的に信じられてきた日本の規範もしくは価値観すべて

を破壊されましたが、それに変わる価値観を構築できないままアメリカの核の庇護の下世界

情勢には目もくれずというか、眼をつむったまま他国とは摩擦を起こさず理念云々より巧くや

っていく事を第一に政治家も国民もアメリカに追従して、ただただお金儲けと国の発展に専

念していればよいという時機がありました。

  金銭的に裕福になることだけがみんなを幸福にする唯一の法だと信じて疑わずに。 そし

て、その風潮はバブルが崩壊し冷戦が終結した今も根本的には変わっていない。 そういっ

た内外の矛盾が戦後、今になって日本の迷走と化して一挙に噴きだしていると私は思います。

  政治3流、経済1流と呼ばれて久しい日本ですが昔からそうだったのでしょうか?  然るに

、過去の日本の歴史を紐解いてみると、はるか昔から日本は周囲が海にかこまれていたと

いう利点があったにせよ、有史以来、中国とも対等な独立国として外交を展開してきたので

ありけっして政治音痴だった訳では、ありえません。

  明治維新後も自分の国の歴史と文化に誇りを持ち西洋の文化を優れたものと認めつつ、「

和魂洋才」をキャッチフレーズに、精神性では西洋人に負けていないとばかり、他国の文明

を日本流にたくみに取り入れ、欧米列強の進出にも屈せずに、先の大戦までは輝かしい歴

史があるのです。そう考えてみると、戦後、いまの日本の状況は直接的ではないにせよ間接

的に外国に支配されたままの状況に等しいんじゃないかなあと素朴に感じるのは私だけでし

ょうか?

  では一体どうしたらよいのでしょう。

  日本はこのまま、アイデンティティーを喪失したまま 少しずつ「日本沈没」じゃありませんが

プクプクと沈んでいく運命なのでしょうか?

  いえ、そうあってよいはずはありません。

  サミ ュエル、ハンチントンの「文明の衝突」を読んでも解るように日本は中華文明の影響を

受けつつも他の文明が多くの国々や人々の努力で何百年もかけて創り上げたものなのに対

しわずかな人口で「日本文明」というひとつの文明を創りり上げた世界でも稀有の民族なの

です。そして今の日本人にもその遺伝子は脈々と、そして確実に受け継がれていると思うの

です。ただ、あまりにも純粋培養されたものだったものなので日本人全体が他国からの干渉

に慣れていなかったのかもしれません。

  ここでもう一度過去に振り返って日本人のアイデンティティーとは何かを考えてみるのもよ

いかもしれません。

  日本人のアイデンティティー・・・

  それは「善,勇、仁、礼、誠」を基礎とした武士道精神の中にあるような気がします。 武士

道精神・・・

  いかにも古臭い言葉のようにも聴こえますが、なぜこうも「サムライ」という言葉が海外でも

てはやされ、海外から武道などの修行に来る人もいまだ多いですし、時に畏敬の念を持って

迎えられているのでしょうか。

  礼儀を重んじ大義のためには保身ではなく死をもいとわない強烈な自己犠牲の精神・・・

まるで桜の花が散るような潔さ。特権階級にもかかわらず、明治維新の際にはあっさりと、国

のためにその地位を撤廃した西郷隆盛のような生き方は、特権階級の地位の利権に固執す

る指導者がほとんどという、他のアジア諸国と比べて、いかにも「恥の文化」を基本とした日

本らしさ、ということで異彩を放っているのではないでしょうか?そして、今日本はこれを失い

つつあるのです。

  もちろん、こういった考え方は前の大戦で言いように利用されたという意見もわかるし、そ

の危険性も解っているつもりです。ただ戦後、GHQの指導の下、日教組や左翼系マスコミの

もと徹底的に破壊されてきた感がありますが、その欠点は欠点として素直に認め検証し、も

う一度見直す時期がきたのではないのでしょうか。我々はキリスト教を道徳として物事を考

える欧米人には間違ってもなれないわけですし、最近、団塊の世代がテレビなどでもクロー

ズアップされていますが実は、戦後の驚異的な復興を遂げたのも、ロシアとの戦争に勝利し

て世界を震撼させたのも、戦後教育を受けたこの世代ではなく、戦前の教育を受けて育った

、もっと前の世代の人たちが自己犠牲の精神で努力してくれたおかげなのです。

  ともかく私の少年時代は(70年代 )まだまだお金のことばかり追いかけている人を軽蔑す

る風潮があったし今のように社会全体がギスギスしてなくて、とても生きやすかった様な気

がするのは私だけでしょうか?

  今の日本を良くするためには、いろいろ問題が山積みしていますが子供の頃からの教育

の見直し、そして日本人による日本人の手による憲法改正、アメリカに頼るのでなく真の独

立国として気概をもって生きていく事がまずは絶対条件でしょう。

  海外の子供たちがテレビのインタビューなどでこれから自分の国をよくしていくのだと眼を

輝かせて語るのに対し何か、日本の子供たちは、自分も他人もよくなっていくというより、自

分の身の回りの小さな夢の追求ばかりを考えているのも気にかかります。(まあ、夢が全く無

いよりは、いいのですが。)

  美しい日本を取り戻すために・・・。  不可能な事のように見えても、一人、一人が自己変

革を起こす事によって社会全体は変わっていくものだと私は信じております。

  お互いこれからの日本をよくするために大きな目標をもって手を取り合って闘ってまいりま

しょう。
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